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このコーナーでは広島の建物をアーキウォークのメンバーで訪問し、私たちなりの視点でご紹介したいと思います! 記念すべき第1回で取り上げるのは江波山気象館です。広島デルタの南端部、江波山に建つ古い気象台であり、今は博物館として一般公開されています。 まずは外観を見てみましょう(右の写真)。窓が縦長なのが分かりますね。昔の西欧の建物はレンガ造りが多く、横長の窓を作るとそこからレンガが崩れてしまうので、窓は伝統的に縦長でした。この建物はレンガではなく鉄筋コンクリートなので横長の窓もできるはずですが、これまでの慣例にのっとって縦長にしているのだと思います。 また、全体的に丸みを帯びたやわらかい印象を受けます。こういったスタイルは一般に「表現主義」と呼ばれ、戦前はこういった丸みを帯びたかわいい建物が多くありました。全国を見回すとまだまだ残っているものの、広島ではこれくらいしかありません。それだけ貴重な建物なのです。 |
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アーキウォークのスタッフたちがいきなり食いついている(右の写真)のが、入口のヒサシとそれを支える柱です。普通に円筒形にしてもよさそうなところを、わざわざ逆円錐を重ねた凝った形にしてあります。 もう一点注目すべきは、柱が1本しかなく、一見して不安定そうに見えることです。鉄筋コンクリートならばある程度支え無しで出っ張る(「片持ち」「キャンチ」といいます)ことができるので、建築家はあえて柱を1本にして意外性を出すと共に、レンガとは違う鉄筋コンクリートという建材の可能性を試してみたかったのでしょう。 建築を見る醍醐味は、このように細部(ディテール)に込められた「作り手」の気持ちを感じ取り、空間を通して「作り手」と対話できることだと思います。 |
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入口のドアまわりの左右対称でカクカクしたデザインは、アール・デコの影響と思われます。アール・デコは科学技術からインスピレーションを得た、電波や結晶構造を思わせる幾何学的なデザインが特徴です。この建物が建てられた1930年代はちょうどアール・デコの流行期ですから、設計に取り入れられたのでしょう。 | ||||||||||||||||||||||||||
室内もやわらかい印象です。柱と梁(はり)の接続部分には雲みたいなクネクネした飾りがついています。どことなく、和風建築の”組み物”を思わせますね。 ※写真を撮る時には、他の来館者の迷惑とならないように十分注意してください。 |
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階段の手すりや床にも注目してみましょう。 この石のような風合いの仕上げは「人造石研ぎ出し仕上げ」と呼ばれます。これはモルタルに石を混ぜて一度固めてから職人が削って磨き上げていくという方法であり、手間がかかります。 日本の昔の建物は、洋館であっても江戸時代以来の伝統の職人技が随所に見られ、多くの建物が工芸品というべき美しさを備えています。現代は当時と比べて人件費がずっと高額になりましたので、手作業を多用するのは難しく、だからこそ昔の建物の細部(ディテール)は見どころ満載です! |
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内部を見たら、ぜひ屋上にも上がってみてください。 屋上には気象観測のための塔があるのですが、ここでもデザインの手を抜くことなく、丁寧に仕上げられています。 |
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塔の階段部分をアップにしてみました。あちこちが丸みを帯びていて、とってもやわらかい印象です。 注目すべきは、この階段が壁から飛び出る形であり、柱などで支えられていない点です。こういった形状の階段を「片持ち階段」と呼びます。片持ち階段をレンガでやろうとすると、ガラガラと崩れるのでうまくいきません。つまり、先ほど書いた入口のヒサシと同様、建築家は鉄筋コンクリートならではの新しいデザインにチャレンジしているんですね。 気象台の職員以外利用しない想定の階段ですから手を抜いてもよさそうなのに、決して手を抜かない。その心意気はすごいと思います。 |
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もう一つ。この建物はいわゆる「被爆建築」です。都心からやや距離があるのと、とても頑丈につくられていたので、建物自体は被爆時の爆風に耐えましたが、それでも窓ガラスが吹き飛ぶなどの被害を受けました。建物の北側の壁(爆心地側)については、博物館に改修する時に手を付けず保存されていますので、現地を見学する時にはぜひ見てみてください。 建物自身はしゃべることはできませんが、私たちの側が感性を研ぎ澄ませて、刻まれている歴史の重みを感じられるようになると、書物などよりも遙かにリアリティをもって「何が起きたのか」という真実を語ってくれます。 このような優美でかわいい建物にも様々な出来事があって、現代につながっているんですね。 |
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いかがでしたか? 博物館として行ったことはあっても、建物自体を鑑賞したことのある人は少ないと思うのですが、実はこの建物、広島に残る近代建築の中では屈指の逸品です。次に行く時にはぜひ意識して見てみてくださいね。 ※建築めぐりの上級者さんには、柳田邦男の「空白の天気図」という本をおすすめします。被爆直後の広島が枕崎台風に襲われた時、傷ついたこの気象台で何が起きていたのかを辿るノンフィクションです。これを読んでから現地に行くと、また違った感銘を受けます。 |
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見学ガイド
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建物データ
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